2010年1月24日

「花束」 吉行淳之介

花束

「横丁に折れこんでみた。土が剥き出しの地面で、道の片側に溝がある。溝の縁に茂った草は、黄ばんでいるが枯れてはいない。溝を流れている水は、案外きれいで、もう少し早い季節であったならば、草と水との間で宙に浮いている糸とんぼが見られただろう。/ 立ち停って溝を覗き込んでいた彼が、背を伸ばして歩き出そうとしたとき、傍の家の台所口が眼に入ってきた。戸が半ば開いて、薄暗い土間の光景が彼の眼を惹いた。」(「出口」より)

つい引用が長くなってしまった。まるで文芸評論みたいだが、どこを選んで取り出すかも、評論のうちだそうだ。この前、「美の世界 愛の世界」で短詩型について、春夫さんに学んだのだが、この短編集では、散文について学んだ気がしたのだった。この文体、やはり吉行淳之介氏しか書けないものだろう。{これから、何かが起こるぞ、きっと・・・}、という緊張感が、全編に漲っている。有名な「出口」からの二行ですが、本来は縦書きで味わうべきでしょう。

吉行淳之介の小説は、ストーリーというよりは、いきなり押し寄せてくる背景音楽みたいに感じられる。そこで伝えられる「彼」のエピソード、私にはどうも慣れない世界である。少し昔の人たちのとらわれ方みたいなものが、盛られているように思う。吉行さんの生きた時代には、こうした濃厚な関係性があちこちで展開されていたのだろうか。あるいは、一部には現在も展開されているのだろう。帯にも、「人間性の暗所に根をおろした茎に花が開く」とある。怖いなぁ。文学も芸術だからしかたない。私的には文藝という表現が好きですが。

偉大な作家のお名前を冠した芥川賞、直木賞という二つの文学賞がありますが、この辺で、吉行淳之介賞とか、澁澤龍彦賞とか、新たに設けてはどうでしょうか。どちらも1920年代生まれでした。10年後には、ぜひ。

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