「ほんものの魔法使」 ポール・ギャリコ
「ほんものの魔法使」
ポール・ギャリコ
矢川澄子訳
ちくま文庫 2006刊
ポール・-ギャリコの大人向けファンタジー。矢川澄子の名訳です。
もとノンフィンションライターだったギャリコらしく、その作品は、地に足がついていてユーモアとペーソスと、胸いっぱいの愛を感じます。
猫が主人公の「さすらいのジェニイ」(矢川訳)。カンガルーの「マチルダ」、「トンデモネズミ大作戦」(矢川訳)なども、動物好きにはたまりません。
「魔術師」が集う秘密都市「マジェイア」にアダムという若者がしゃべれる犬モプシーとやってきます。]
「魔術師名匠組合」に加わるための審査を受けることになり、魔術師一家の女の子ジェインが助手に選ばれますが、マジェイアでの魔法とはまるで異なるアダムの魔法のしかけがわからないとジェインは困惑します。
ピクニックにきた農場で、眺める風景のひとつひとつを示しながら、アダムはジェインに言います。
「われわれのまわりには魔法がみちみちてる」「そのうちのどれひとつとして説明がつきやしない。」
ちいさなどんぐりが、なぜ大きな樫の木になっていくのは、「どうなってるんだ? そして、なぜなんだ? そもそものはじまりはいつのことだ? そして、どうやってはじまったんだ?」。
動物たち、仔馬も牛も豚もそう。池の水の一滴には肉眼で見えない何百万の小さな生き物が、僕らとともにこの世界で生きている。小さな緑色の毛虫が蝶々になり、茶色のヤゴが蜻蛉になるのはどうして?
農場で生きるものすべて「地の魔法、水の魔法、火の魔法、風の魔法だ」。夜には夜の魔法、望遠鏡が大きくなればなるほど、その神秘は増すばかり…。
「そしてまだひとつ、のこっているものがある」「それはきみの魔法だ」と、アダムはさいごに言います。
「眼をつむって」「さあ、他の場所のことを考えるんだ。—-まえに行ったことのある、たのしかったところをいってごらん」。
ジェインは小さかったころに両親と行った海辺を、たのしかったその日を思い浮かべます。
「きみはいま海辺にいる。そうだろう?」とアダム。
「そうよ」
「じゃあ、目を開けろ!」
ジェインは目を開けた。
「さあ、もう、こうしてここにいる」アダムがいった。「けれどもたったいま、何百マイルも旅行してきたんだ」
ジェインの額にそっとふれてアダムは言います。
「何もかもこの中につまっているんだよ」「まるで仕切りのたくさんある箱みたいにね。きみの欲しいもの望むものは、何でもこの中からとりだせる。あらゆる魔法中の魔法が納まっているんだ。これが、きみを過去へも運んでくれれば、未来をも夢見させてくれる。病気のときでもたのしくさせてくれるし、いやなこともよくしてくれる。人間のいままで成しとげたことは、すべてこの奇跡の箱の中から生まれたものだ。」
このシーンを読むたびに、小さな光に包まれていくような気がします。
「この中には、-中略- ”できる”っていう仕切りと、”やってみせる”って仕切りとがあるんだ。その鍵をあけるこつさえ学べば、強力な魔法がきみを助けてくれて、山をも動かすにいたるだろう」
「この中」の「脅威」を利用する鍵を握っているのは、「君自身だ」、とアダムは、ギャリコは言うのです。
こうした、究極のポジティブに、どんなときにも、耳を澄ませられる自分でいたいです。
なぜなら、彼らが農場で眺めた<魔法>に私も頷き、畏怖し憧れ続けたいと思うからです。