2010年4月3日

都會小説集 モーパッサン傑作短編集  

都会小説集

{ するてえと女房奴、鼻先へ焼鏝でも當てるやうな塩梅に、煽りやがるんで。「おまえは男じやないよ。今度は逃 げる気かい。この場所をひとに渡す気かい。勝手にしやがれ、バゼーヌ(日仏戦争の敗将)め」}

  ・・・と、これはびっくり、べらんめい調のモーパッサンです。ちなみにこれは著名な杉捷夫氏の訳の「あな」です。昭和10年、河出書房刊行、価格が{ 各冊 1圓 } というのもすごい。このような趣きの訳文で、都會とは、江戸も巴里も東京も、へったくれもねえんですね、と納得しました。

 この「傑作短編集」の魅力的なところは、なんといっても全5巻、各巻のテーマの立て方です。 「戀愛小説」 「都會小説」 「娼婦小説(怪奇小説も含む)」 「田園小説(動物小説・鐡道小説も含む)」 「戦争小説(惨虐小説含む)」 と五つに分かれています。

 「田園」「戦争」が、欲しいかな、と思ったのですが、戀愛と都會しかなかったです。そしてこの「都會」は、いったいどこが都會なのかしらと最初は不思議に思ったのですが、描かれているのは人間のあり方でした。で、それは実はとても原始的なものなのでした。「一冊1圓」の時代と今と、なーんにも変わっていないのですね。人間150年くらいじゃ変わんない

 巻末の「解説」にはこうありました。

「仏蘭西文壇、人なきにあらず、しかも近代都市を描いて絢爛多彩、深刻無比なる藝術境は、ひとりモーパッサンによって拓かれたとされる、まことに故なしとしない」

「・・・これこそかずかずの人生の秘密や哀歌を呑吐して、しかも黙々と屹立する大都会の体臭であり、涙と情感に渇した都會棲息者の忘れられた魂の故郷であ
らう。」 

 やってきました、近代ですね。なんつったって「故なしとしない」、です。都会と言ったら、やっぱモーパッサンなんだよね、です。それで、前出の伊藤整氏の「文学入門」によれば、こうした小説の、人間のかかわり方を描いた都会小説の影響がだんだんと日本にも入ってくるわけで、日本文壇もできていくんですね。

 まったくもってそうなんですが、私にとっては吉田修とか、浅田次郎などの短編が、親しい住み慣れた「都会小説」でありましたよ。

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