パリで見つけた本&アート(南 弓) 

「 パリのプチ文庫 」 -

 


プチ文庫

旅先のパリの書店で、超軽量の文庫本を見つけた。日本の文庫本のほぼ半分の大きさ、手帳サイ

ズだ。“POINT2”という出版社から刊行されているシリーズ。カラフルな表紙の、かわいいプチ

本が回転ラックにずらりと並び、まるでファンシー文具みたいに楽しげなので、思わず手に取

ってしまった。ジャンルは古典文学、現代作家のミステリー、詩集から、パウンドケーキのレシ

ビ集のような実用書まで、多彩だ。

 

さっそく購入したのは、LEONARD PITT著「失われたパリを歩く」。

パリの街並みは、19世紀に行われたオスマン知事の大改造や、その後の再開発で大きく変貌した。著者は、古いパリが“破壊”される前の、中世の面影を残す路地や建物をとらえたアジェ、マルヴィルらによるセピア色の写真と、現在の様子を写したカラー写真を対比させながら、シテ島、サン=ジェルマン・デプレ、マレ地区などの歴史的街区の変化をたどる。

 

日本人の目には十分プチ2美しく映る現代のパリだが、実は趣のある界隈や建造物が、かなり取り壊されたのだと知って惜しくなる。失わ
れたパリの詩情を偲ぶ著者の思いが伝わってきて、単なる案内書とは違う味わいがある本だ。写真は鮮明で見やすいし、活字も小型本のわりには小さすぎず読みやすい。製本にも工夫がこらされ、本が開きやすいのもいい。充実した内容なのに、重さはわずか120グラム。ポケットに入れてパリの街を歩き回るのにぴったりだ。

 

この画期的なプチ文庫本のコンセプトは、オランダの印刷・出版業者が考案して特許を申請したのだという。持ち運びの便利さと読みやすさを兼ね備え、持っているだけで楽しくなる紙の本。当分、電子書籍は要らないな、と思う。                        (みなみ ゆみ 翻訳者)

 

 

印象派ミステリー「黒い睡蓮」 -

 

 

ふだんは、ベストセラーのミステリーを避けているのに、フランスの売れっ子作家ミシェル・ビュッシの『黒い睡蓮』Nympheas noirsを読む気になったのは、この小説の舞台がジヴェルニーだったからだ。クロード・モネが晩年、“睡蓮”の連作に取り組んだ、ノルマンディー地方の村ジヴェルニーは、世界中から観光客が訪れる印象派の聖地。印象派ファンとしての興味だけで、あまり期待せずに手にした本だったが予想外に面白く、真夜中すぎまで読み耽ってしまった。

印象派絵画そのままの美しい小川のほとりで殺人事件が起こる。被害者は眼科医。絵画のコレクターでもあり、モネの睡蓮の絵を手にいれたがっていた。彼の愛人と噂される、美しい小学校教師、事件を捜査する美術好きの刑事、村を見下ろす高い塔から、すべてを観察している謎の老婦人…。

小説というものは映画やマンガと違うから、読者は想像力を膨らませ、自分なりのイメージを紡いでいく。それが読書の醍醐味でもある。けれど、この小説には驚くべき結末が用意され、読者が思い描いていたイメージの陰から、もう一つの別の絵が浮かび上がる“だまし絵”のような仕かけが隠されているのだ。視覚的でないことを逆手に取った、小説ならではの試み。小説を読む楽しさをあらためて感じさせてくれた本だ。

作中には印象派ゆかりの場所が次々と登場する。モネの家の花ざかりの庭、睡蓮が浮かぶ池はもちろん、かつてセザンヌらが訪れたホテル・ボーディ、モネの睡蓮の絵が展示されている隣町ヴェルノンの美術館、モネが大聖堂の連作を描いた街ルーアンの美術館も。印象派をめぐる旅に出たくなる。モネの庭の睡蓮が花開く季節は、もうすぐだ。                             (みなみ ゆみ 翻訳者)

 

「 カイユボットの庭で 」 -

 

 

印象派

この夏、パリ近郊の町イエールに、印象派の画家ギュスターヴ・カイユボット展を見に行った。会場は、かつてカイユボット家の別荘だった場所。広々とした庭園にイタリア風の白亜の館やスイス風の山荘などが点在し、池があり、敷地沿いに川が流れ、現在は公園として町民の憩いの場になっている。

1870年代に描かれたカイユボットの初期作品の多くは、この別荘と周辺の風景をモチーフにしている。今回の展覧会は、それらの作品を美術館や個人の所有者から借り出して展示。一世紀以上の時を経て、彼の絵は里帰りしたわけだ。花や木々の緑に彩られた庭園と館、水辺の風景、カヌーや釣りをする人々などの一連の絵を見ると、この美しい自然に恵まれた土地から、若き日のカイユボットがどれだけ豊かな着想を得たかがよくわかる。

1875年頃の油彩「イエール、池 睡蓮」は、淡いオレンジ色の睡蓮のつぼみが水から顔を出し、木々の影を映す暗緑色の水面が画面のほぼ全体を占める、当時としては大胆な構図と筆致。クロード・モネが1900年代初めに着手した睡蓮の連作を先取りしているようで興味深い(ガーデニングの趣味を分かち合い、カイユボットと親しかったモネは、この絵をたぶん見たはずだ)。雨滴が川面に落ちて、大小いくつもの輪を描いている「イエール川、雨の効果」も斬新で独創的だ。彼にとってイエールは、伝統的絵画の型を破って新しい表現方法を模索する実験の場、印象派としての出発点だったのだろう。
絵が展示された館を出て庭園を散策すると、絵の中の風景が今もほぼ変わらずに残されているので、うれしくなった。十数年前から町が建物の修復や景観の保存に努めているおかげだ。片隅にある菜園もカイユボットがよく描いた場所で、今は地元のボランティアが野菜やハーブ、花を育てている。レタスにカボチャ、ぶどう、ラベンダーや色鮮やかなグラジオラスが夏の光を浴びていた。    (みなみ ゆみ 翻訳者)

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