印象派ミステリー「黒い睡蓮」 -

 

 

ふだんは、ベストセラーのミステリーを避けているのに、フランスの売れっ子作家ミシェル・ビュッシの『黒い睡蓮』Nympheas noirsを読む気になったのは、この小説の舞台がジヴェルニーだったからだ。クロード・モネが晩年、“睡蓮”の連作に取り組んだ、ノルマンディー地方の村ジヴェルニーは、世界中から観光客が訪れる印象派の聖地。印象派ファンとしての興味だけで、あまり期待せずに手にした本だったが予想外に面白く、真夜中すぎまで読み耽ってしまった。

印象派絵画そのままの美しい小川のほとりで殺人事件が起こる。被害者は眼科医。絵画のコレクターでもあり、モネの睡蓮の絵を手にいれたがっていた。彼の愛人と噂される、美しい小学校教師、事件を捜査する美術好きの刑事、村を見下ろす高い塔から、すべてを観察している謎の老婦人…。

小説というものは映画やマンガと違うから、読者は想像力を膨らませ、自分なりのイメージを紡いでいく。それが読書の醍醐味でもある。けれど、この小説には驚くべき結末が用意され、読者が思い描いていたイメージの陰から、もう一つの別の絵が浮かび上がる“だまし絵”のような仕かけが隠されているのだ。視覚的でないことを逆手に取った、小説ならではの試み。小説を読む楽しさをあらためて感じさせてくれた本だ。

作中には印象派ゆかりの場所が次々と登場する。モネの家の花ざかりの庭、睡蓮が浮かぶ池はもちろん、かつてセザンヌらが訪れたホテル・ボーディ、モネの睡蓮の絵が展示されている隣町ヴェルノンの美術館、モネが大聖堂の連作を描いた街ルーアンの美術館も。印象派をめぐる旅に出たくなる。モネの庭の睡蓮が花開く季節は、もうすぐだ。                             (みなみ ゆみ 翻訳者)

 

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