⦅書評⦆ 三浦綾子と「銃口」 林田衿子 -

 

 今年は、三浦綾子さんの朝日新聞一千万円懸賞小説「氷点」が新聞連載されてから、ちょうど50年目にあたります。何度もドラマ化されたこの小説のことは、ご存じの方も多いことでしょう。綾子さんは1999年に亡くなりました。その6年前にパーキンソン病の身を押して書き上げた最後の作品が、長編小説「銃口」(小学館文庫上・下)です。

主人公の北森竜太は、熱心な小学校教師でしたが、たった一度、綴り方連盟の集会に出席したことによって、昭和16年、治安維持法違反の容疑で連行され、7か月間拘留された末、無理やり退職願を書かされたのです。これは、北海道綴方教育連盟事件と呼ばれ、戦後ようやく明るみに出た実際の事件です。

宿直当番で夜道を学校へ向かう竜太が、普段、挨拶を交わしている交番の巡査に呼び止められ、有無を言わさず連行される場面は、あまりにも恐ろしく、身につまされました。それは昨年、強行採決された秘密保護法や憲法解釈変更などで、昔に逆戻りする危険性が現実問題として危惧されてしまうからです。

熱心な教師であったが故に、時勢に従順すぎた竜太の姿は、戦中、小学校教師であった作家自身の姿が投影されたものでしょう。綾子さんは軍国教育をしたことを悔いて、戦後すぐに教職を去り、後には社会から目をそらさない作家活動を続け、作品の中で原発問題にも早くから言及していました。重いテーマの作品ではありますが、竜太を取り巻く人々の温かさ、誠実さに昔の日本人の良さを感じ、ほっとさせられる場面もたくさんあります。

今だからこそ読んでいただきたい一冊です。            (はやしだえりこ  三浦綾子読書会会員)

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