「 TIME 」 -

TIME

見知らぬ人から手紙が届いた。

差出人の名は私の名と、漢字が一字同じだった。

追憶の中で父が呟く。我々は捨てられたのだと。

その苦い表情から逃れるために、私は意識を仕事に戻した。

時計職人だった父から受け継いだ店は、いつも静寂で満たされている。私は自分の店を、変わらぬ仕事を、繰り返される日常を愛していた。急速な変化や気持ちの乱れは、ただ耐えがたいものでしかない。

時を失った時計に再び正しい時間を与える。それは私にとって喜びだった。止まっていた時計は、私の手の中で動き始める。私は針の動きを確認し、本体を耳元に近づけた。規則正しい音は、静かに鼓膜へと浸透していく。いつしか私は秒針の音楽に包み込まれていた。

時を刻むリズムは、意識の底に沈む記憶を揺り動かす。時計の鼓動は胎内の心音となり、私はその心地よい波に身を委ねていた。時は更に遡り、人肌のぬくもりから灰色の虚無へと突入していく。私はその流れを全身で拒否し、抜け出そうともがいた。

気づけば私は一人店にいた。手元の時計は何事もなかったように動いている。落とした視線の先に封筒があった。私は差出人である母に会ってみようと思った。そもそも私をこの世へ導いたのは彼女なのだから。

日没後の薄闇の中、封筒の白さが目に付いた。その無彩の景色は、これから母と私が共有する、いまだ色の塗られていない時間を示すのだろう。                                                                                           (ライター 中野昭子)

Back to top