「 STITCH 」 -

 

 

ANGEL

 

扉が震えた気配を感じて、私は戸を開けた。

目の前には影法師。

気がつけば私は、布と紙を手にしていた。

図案通りに刺繍を施すこと、それが訪問者の依頼だった。

刺繍の技術を受け継ぐ家の生まれだった母は名手で、さまざまな模様を鮮やかな手つきで刺し上げていたものだ。母亡き後は私が引き継いだが、こんな奇妙な仕事は始めてである。

作品は期日通りに仕上がった。渾身の出来となった布を見ていると、戸を叩く音がする。成果物を渡すと依頼主は頷き、布を裏返して私に示した。

反転された柄に見覚えがある。遠い昔、古びた本の中で見た形象。意味に気づいた瞬間、縫い込まれたかたちが私を圧倒する。

その時私は、母が時折口ずさんでいた歌を思い出した。

 

死の文様には気をつけろ

底知れぬ黄泉の国からは

不吉な使いがやってくる

奴らが来たなら背を見せよ

 

私は背中を向けた。すると吹き荒れる風と共に使者が消えた。

振り返れば、白い布がはらりと落ちているばかり。

背に何かぬくもりを感じる。私は糸をほどき、体感する形を再現してみた。象られた図柄は、私を温かい記憶で満たした。

私の家では代々、産着の背に魔除けの縫取りである背守りを施す。護符は布を通して私の体に浸透し、魔を払ったのだ。

私は刺繍を続ける。母と同じように、誰かを守るために。               (なかのあきこ ライター)

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