「 STITCH 」 - #3小片小説(中野昭子)
扉が震えた気配を感じて、私は戸を開けた。
目の前には影法師。
気がつけば私は、布と紙を手にしていた。
図案通りに刺繍を施すこと、それが訪問者の依頼だった。
刺繍の技術を受け継ぐ家の生まれだった母は名手で、さまざまな模様を鮮やかな手つきで刺し上げていたものだ。母亡き後は私が引き継いだが、こんな奇妙な仕事は始めてである。
作品は期日通りに仕上がった。渾身の出来となった布を見ていると、戸を叩く音がする。成果物を渡すと依頼主は頷き、布を裏返して私に示した。
反転された柄に見覚えがある。遠い昔、古びた本の中で見た形象。意味に気づいた瞬間、縫い込まれたかたちが私を圧倒する。
その時私は、母が時折口ずさんでいた歌を思い出した。
死の文様には気をつけろ
底知れぬ黄泉の国からは
不吉な使いがやってくる
奴らが来たなら背を見せよ
私は背中を向けた。すると吹き荒れる風と共に使者が消えた。
振り返れば、白い布がはらりと落ちているばかり。
背に何かぬくもりを感じる。私は糸をほどき、体感する形を再現してみた。象られた図柄は、私を温かい記憶で満たした。
私の家では代々、産着の背に魔除けの縫取りである背守りを施す。護符は布を通して私の体に浸透し、魔を払ったのだ。
私は刺繍を続ける。母と同じように、誰かを守るために。 (なかのあきこ ライター)