恒川光太郎さん「金色機械」で「推理作家協会賞」受賞  hotcake104

2014年7月5日

 

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安部内閣の暴挙に気持ちも沈みがちな日々の中、唯一つの喜ばしいこと。それは、
恒川光太郎さんが「推理作家協会賞」を受賞されたことです。ね。
バンザイ!!!!!

本屋さんにまた平積みされてます。
受賞のポップが立ててある写真を写したかったですが、撮影禁止の大型書店なので断念。

 

もし、今、金色様がいてくれたら、

やってほしいこといっぱいある。

どこかの祠で、眠っておられるのかな。

出てきてほしい、金色様です。

再び「金色機械」(こちらもチェック)について。

お祝いの言葉に代えて魅力の一端を。

 

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恒川光太郎さんの小説のファンなので、

今回の受賞はやっぱり嬉しいです。

 

以前、「游魚」第1号で、その世界について書かせていただきました。

「金色機械」は、そこで取り上げている作品群から、

さらに先、別のパートへ移ったように思いましたが、

今、またページを開いてみますと、

それらの総結集のように見えてきました。

 

長編作品だからだということではないです。

各章に分けて綴られて、それらの時代も異なっているにもかかわらず、

そんなことは全く気にならず、自分の中でつなげていける、

もういつの時代でもいいや、とにかく金色様はいたんだ、

って思ってしまうこと。

 

筋を追って愉しむということより、

ページの上に出現した世界、世界観、

登場する人、生きる人たちの仕業を、

ひたすら見続けていく心地よさ、

それも魅力だと思います。

 

教養小説的、エンターティンメント的、謎解き、問題提起、

癒し系、ホラー、時代小説的、歴史小説的、奇想的、恐怖小説的…、

のどれにも含まれず、かといってそれら全てを含んでいるような「金色機械」。

 

映像なら、一気に行ってしまえるのに、

文字って、言葉ってなんか大変、厄介、と、

書く方、たぶん時々読む方も思うはずなのですが、

恒川さんの作られた言葉の群れ、その波に吞み込まれると、

アタマの中に自然に透明なスクリーンが出てきて、

物語が展開していく。どこまでも。

 

そこには、映像、映画以上に、

何があっても不思議ではない「自由さ」があります。

自由、

それは脆弱な心身に、今もっとも必要な力、

エネルギーではないでしょうか。

 

それが、恒川作品の魅力です。

 

また、蛇足になりますが、

漫画と比べると、

漫画は非常に読み手に親切で、

言葉はそんなに親切じゃないからこそ、

喚起してくれるなにかを含んでいるのですね。と思います。

 

今の時代に、

こんなへんてこで魅力的な読み物を書いてくれるのは

恒川光太郎さんしかいないです。

おめでとうございます!!

 

 

☆夏前に、恒川さんの新刊、出るらしいです。

また読めるよ~。

 

 

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