このブログ、「ホットケーキが焼けるまで」は、ちょうど1年前の6月から、アップを始めたのでした。
そして、一年、経ちました。
今朝、お祝いに、わざわざホットケーキを焼きました。パンも、きらしていたのだけれど。
いちぢくとアーモンドを入れました。美味しかったです。
「ホットケーキ・・・」を書こうと思ったのは、
入院することになったのが、きっかけです。たったの一週間でしたが、めったにないことで緊張しました。
「モーニンとイブニン」ならともかく、自分のことなど書くのはまっぴらごめん、だったはずの私でしたが、ここにきて、なにか、「覚書」のようなものを残しておきたかったのです。
また、その後の治療や療養を余儀なくされる、自分に発破をかけるためにも。
こうして、続けてきて、元気に一年後を迎えられて本当に良かったです。
一年たったら、「ホットケーキ」は、おしまいにしようと決めていたのですが、考えが変わり、これからもできるだけ続けることにしました。
以下、また「覚書」を。
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村上春樹さんのスピーチ、文章で読むと、あちこちに春樹節的フレーズがあり、つい作品を思い出したりしました。
(「蛍」という短編も書かれていますね。「便宜」、「結局のところ」ってよく使われますしね。)
実際に放映されたスピーチも日本語ででしたが、聴くのと、読むのとでは、違うなと思います。
書かれた言葉は、確かに残るのだと思います。
春樹さんは、作家の役割を果たしていました。作家とはたいへんな仕事です。
先日、梅棹忠夫さんのことを特集したETV特集を観ました。
梅棹氏は、「アマチュア思想家」になることを、勧めていたそうです。
思想というものは、名のある思想家のためだけにしてはいけない、そのためにあるものではない、
それぞれの人が、アマチュアの思想家であることが大切なのでは、というようなことだと思います。
プロのカメラマンは写真で食べているのだが、アマチュア写真家なら、勝手に好きに写真を映していい、自由のようなものがあるのではないか、というようなことを話されていたそうです。
春樹さんのスピーチは模範的だったと思います。おそらく、多くの日本人が村上氏と同じようなことを考えているに違いありません。
また、「災害がほんとうに襲った時」(中井久夫)に、神戸の大震災の根底を支えていたのは無名の人たちだった・・・と書かれていました。今回の大震災も同じことが言えます。
さて、読み始めて半ばまできたところで大震災が起こり、読むのをとうとう止めてしまった本、「「正義」を考える」(大澤真幸)には、現在は、「物語」を持ちにくい時代・・・ということが述べられていました。(詳細は同書を)
しかし、皮肉にも、3月11日の津波、大震災、そして原発事故によって、新しい「物語」が生まれてしまった。
しっかりと足元を見据えて、新しい言葉を獲得していかねばと思います。