「 CAST 」 -

 

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気づけば終電間際の時刻だった。俺は方向も ろくに確かめず、あわてて電車へ滑り込んだ。
乗客は一人だけだ。相手をちらりと見て、俺は動揺した。
白いトレンチコート、黒いハイヒール、灰色のレンズが嵌ったサングラス。
俺が創作している小説のヒロインと同じ容貌。
電車は突然停止した。次の瞬間明かりが落ちて、何も見えなくなった。
暗闇の中、かすかな衣擦れと共に、人が近づいてくる気配を感じる。
「あんた、何者だ?」
「知っているはずよ」
淡々とした口調と低い声は、俺の描写と一致している。
俺は不吉な予感にぞっとした。この女は、相手に顔が見えない状態で任務を遂行する。まさに今の状況だ。
「消えてもらうわね」
「……なぜ俺が殺されなきゃならない?」
「忘れたの? 私はクライアントの事情には立ち入らない主義」
そうだった。こいつは依頼主にあれこれ聞かず、ただ注文通りに仕事をする。情に溺れないために。
「遺言はあるかしら」
これも設定通りで、この女は相手の今際の言葉はきちんと聞くのだ。
「クライアントに伝えてくれ。近い将来、俺の出番を用意してくれと」
「一応伝えておくけれど、無駄でしょうね」
頭に押しつけられた硬い感触は銃口だろう。
トリガーが引かれる僅かな振動を感じると同時に、猛烈な熱さが身を貫く。
薄れていく意識の中で俺は、俺がつくった世界に不要とされた自分に同情した。
(中野昭子 ライター)

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